早朝登山 平成30年1月27日

雪が積もると表情が一変しますが、それが夜間となると昼間とは違った世界となり、それが金剛山の夜景の魅力です。

久しぶりの早朝登山では街の夜景こそ見えませんでしたが、再び雪に覆われた金剛山はすばらしい眺めを見せてくれました。

写真の時間は夕方ではなくて、早朝の午前5時です。

大阪市内から移動と登山を合わせて2時間くらいで、こんな雪景色の場所に立つことができるので、金剛山は身近ですが魅力のある山ですよね。

大阪から夜に金剛山を見ると山頂に光の点が見えますが、その光がここの国見灯から発せられた光なんです。 この街灯のおかげで、国見城址広場は夜間でも明るいので、ナイトハイクの練習にはもってこいだと思います。

反対を見ると山側こそ暗いですが、広場自体が明るのが分かりますね。

また、ここの金剛桜ですが、雪化粧した姿は違った魅力があります。

場所を売店前の広場に移動します。

この場所は以前から街灯が灯っていたのですが、昨年、転法輪寺がLED照明を増設し、かなりの明るさで照らされるようになったため、街中よりも明るくなっています。

この日の気温は-8℃。

寒い。

雪が積もった日に来ると、白銀の世界でまさに別世界です。

でも、少し離れるともう真っ暗で、ここが山の中であることが分かります。

午前6時のライブカメラに映る人々。

すっかり金剛山の名物になっていますね。

午前6時に開いた捺印所。

寒い朝から真っ暗な登山道を登ってきた人達ですが、今日は路面の凍結を警戒してか、人は少なめでした。

本道から登ると、夜間でも比較的安全なので、雪化粧した夜の金剛山を体験してみませんか。

 

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近代以降になって造立された五輪塔の例としての上田角之進伝説

水越峠から金剛山へダイヤモンドトレールで歩みを進めて約20分で越口と言う場所に到着しますが、この場所が金剛山を水源とし、河内(大阪)側へ流れていた水を大和(奈良)側に流路を変え、さらには現在の金剛山山頂の所属が奈良県になった功労者である、上田角之進についての記述がありました。

国立歴史民俗博物館研究報告第141集の581-590の、関沢まゆみ著「死者の火 儀礼伝承の潜伏と顕在と」という記事があり、その中の「2 郷墓と五輪」に、近代以降になって造立された五輪塔の例として上田角之進伝説の記事を見つけましたので紹介します。

大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館学術情報リポジトリ

※本文は上記サイトからPDFでダウンロードできます。

国立歴史民族博物館研究報告 第141集

 

以下、本文抜粋

大和吐田郷と上田角之進伝説

現在でも奈良県下の郷墓地帯には新しく近代以降になって造立された五輪塔の例がみられる。たとえば、奈良県御所市名柄(旧吐田郷)の日蓮宗本久寺境内にある上田角之進の墓塔である。これについては別稿(7)で詳論しているところであるが、その一部を紹介すれば以下のとおりである。

吐田郷地域の水越川水系にはその上流から、関屋、増、名柄、豊田、宮戸、森脇の六大字がいわゆる水郷を形成している。水越川の水源は金剛山にあるが、この水をめぐって歴史的に大和側と河内側との間ではげしい水論が繰り返されてきた。

吐田郷ではこの水越川の開拓者として上田角之進(元和三(一六一七)年三月一八日没)という伝説上の人物の名が伝えられている。

上田角之進は大和側の水不足を解消するために、もともと河内側に流れていた金剛山の水を大和側へ流れるように上流でおおがかりな開削工事を行なった人物であり、元禄一四(一七〇一)年の河内側との水論における大和側の勝因は水越川の水がその工事によって事実上、大和へと流れ落ちていた事実が検使奉行に認定されたからであった。

そこで、水越川の開削者として上田角之進の名前がその功績とともに語り伝えられてきているのである。

それ以降五〇年ごとに角之進の報恩大法要が営まれ、文化一三(一八一六)年に二百回忌、安政四(一八五七)年に二百五十回忌が営まれ、「南無妙法蓮華経 為善久菩提 元和三年三月十八日」と書かれた供養塔が建てられた。

これは五輪塔の型式ではなかったが「安政四丁巳年三月十八日 戴百五拾回忌為菩提再建立」と記されており、安政四(一八五七)年に建立されたものであることがわかる。

しかしその後、明治一四(一八八一)年三月に、吐田郷中の名前で本久寺本堂前に建立された角之進の供養塔は五輪塔の型式であった。そしてその五輪塔とは人びとにとってこの近隣の郷墓である極楽寺墓や九品寺墓などで多く見られる中世の記念碑的な意味をもっている伝統的かつ歴史回顧的な墓塔型式なのである。

本稿では、この日本の五輪塔のように近世前期で一度は喪失した型式が近代以降に新たに復活する事例や、また儀礼として一度は喪失したものがその後に復活する場合のその理由の追跡等に向けて、墓地と死者表象という問題からフランス中部に分布する「死者の火」の塔の調査事例の紹介を行なっておくこととする。

金剛山へ年越し登山も10年

金剛山の夜景を撮影し始めたのが平成20年(2008年)。

その年の大晦日から年越し登山を始めてたのですが、かれこれ10年分の写真を振り返ってみます。

 

平成21年(2009年)元旦

金剛山と言えばこの場所。夜間登山を何回か経験して見慣れた風景と思うようになり、夜間登山を辞めようかと考えつつも、せっかく登ったのでいつもの構図で撮影をしていましたが、この時は記録写真のようになるとは思いませんでした。

雪は地面に薄く積もっている程度で、捺印所前のカマクラはありません。

この頃はまだ、金剛山の夜景撮影はコンパクトデジタルカメラが主力でした。今見ても、なかなか奇麗に写っていると思いますので、デジタルカメラの描写性能は。この時代にはある程度完成されていたのかもしれませんね。

 

 

平成22年(2010年)元旦

この年のは台風の影響で、国見城址の西側斜面が崩れたままとなり、斜面にはブルーシートが掛けられていました。今ではこの場所にポールやチェーンの設置と共に植栽が植えられています。

雪は地面に薄く積もっている程度ですが、カマクラが大きいのは、雪が積もったときに付近の雪をここに集めて大きなカマクラを作っているからです。

ニコン D70で撮影。

デジタル1眼カメラとアルミ製三脚の重さに文句を言いながら登ってた頃でした。

 

平成23年(2011年)元旦

ここ10年で最も雪の多い元旦で、登山口まで冬用タイヤの車しか来れないほど雪が積もっていました。

この写真奥の崩落した斜面の補修が昨年[平成22年(2010年)]に終わったのですが、その時に金剛山頂の看板の位置が変わり、時計との間隔が広がっていました。

カマクラも人の背を超える高さに成長し、人が通行しにくいほど大きくなっていました。

ニコン D200で撮影。

レンズは沢山壊しましたがD200はいまだ健在。カメラはすべて中古で買ったものですが、このD200で撮影した画像の雰囲気が気にいっているので、カメラが壊れるまで使い続けると思います。

 

平成24年(2012年)元旦

雪と夜景と金剛山頂の看板と、まさに金剛山の夜景を凝縮した眺めです。

この年以降かと思いますが、昼間金剛山に登っている方々が年越し登山に来られるようになった気がします。

降った雪が踏み固められた状態。カマクラは小さくてもあると嬉しくなります。

 

平成25年(2013年)元旦

空気が澄み渡り、一番展望の良かった年。撮りためた写真の中で、金剛山山頂のシンボルと雪と夜景と人物が一番きれいに写っている写真です。

ブログで交流して頂いた方々と記念撮影をしました。その後皆様お元気でしょうか。私は金剛山の夜景撮影がライフワークになって元気にやっていますよ。

night_climb2013(1)

カマクラの大きさも例年並み。(個人的感想)

この年から明るく撮影しようとしていたのか、他の写真も明るいのが多い。夜景撮影の考え方を変えた年なんだと思います。

 

 

平成26年(2014年)元旦

この年も雪が多く、イルミネーションもどきに挑戦してみた年です。

カマクラの大きく立派でしたが、この年を最後に元旦の日の積雪量が減り続けている気がします。

 

平成27年(2015年)元旦

過去一番真っ白だった元旦。やはり、展望が良くないと残念な気がします。

この写真では捺印所が閉まっていますが、1時間30分後の元旦になると捺印所が開きます。

やはり霧が晴れて展望が良くなって欲しいとおもいますが、自然が相手なので仕方がないですね。

 

平成28年(2016年)元旦

この時は年末年始に入院してましたので、病室でライブカメラを見ていました。

ただただ残念な年でした。

 

平成29年(2017年)元旦

退院後、年越し登山が出来るまで体力が回復して嬉しかった年。

また、ライブカメラの毎時00分に写ることが定着したせいか、大勢の人が集合しています。

名物のカマクラもなくさびしい元旦。過去10年で元旦にカマクラがないのはこの年だけでした。

カマクラがないと、元旦の写真には見えないですね。

 

平成30年(2018年)元旦

12月に降った雪も温かい日が続き溶けてしまい、金剛山頂の看板前は氷に覆われていた。

大晦日の昼に降った雨のせいか、人出が少ない元旦でした。 

温かかった12月でしたが、カマクラは溶けずに残っていました。

 

こうやって見ると、変わらないところも多いのですが、少しずつ変化しているところもあります。特に金剛山頂看板裏の斜面は、崖になっているのと西に開けているためか大雨に弱く、この10年で2回も崖が崩れています。

年越し登山を始めた最初の頃は、元旦の金剛山に登って来る人と言うのは、葛城神社や転法輪寺へ初詣に来る人が多かったような気がするのですが、多くの人がブログで年越し登山の様子を発信されて数年が経過した結果、今では金剛登山の愛好者や一般の人が増えた気がします。

昨年は、NHKのドキュメント72時間という番組が金剛山を取り上げてからは、ライブカメラの存在が広く世間に知れ渡ることとなり、登山者増加の大きな要因となっているようです。また、これがきっかけなのか、他のマスコミが金剛山を紹介する事が増え、今後も金剛山に登山者が増えることが予想されますが、10年後の金剛山がどうなっているのか楽しみです。

 

平成29年~30年 金剛山へ年越し登山 (後編)

午前1時30分頃。

登ってくる人は少なくなりましたが、読売テレビの取材は続いているようです。

こちらは国見城址の下の広場。

テン泊をしているようですが、午前5時頃から騒々しくなること場所でぐっすりと寝れるのだろうか。

カトラ谷へ下りる場所から大阪の夜景を撮影。

一度夜間にカトラ谷ルートを登ったことがあるのですが、その頃は真っ暗闇での撮影方法が確していなかったので、夜の登山道 カトラ谷編の記録がないのが残念です。

この日は午前2時か3時にか下山する予定だったのですが、上空を見て大阪湾に沈む月が見れるのでは?と思い調べてみると、大阪の月の入りは午前5時38分と判明。

予定を変更して、寒い中この時間まで残ってたわけですが、なかなか良い風景に出合うことができました。

国見城址から見える風景は西の方角なので、月が大阪湾に沈む様子を撮影したいと思っていましたが、こんな形で実現するとは思いませんでした。

ただ、大阪湾に沈む月と表現しましたが、実際はこの月に下に雲か靄があるようで、大阪湾に沈む様子が見れませんでした。

その点は残念ですが、初めてこのような光景を見ることができて良かったです。

取材をがんばる読売テレビ。その横で大阪湾に浮かぶ月を撮影する人々。

はたして、どんな番組になるのでしょうね。楽しみです。

ここで思ったのは、月を撮影している人達のように、事前に調べて被写体を狙うことが大事なんですね。

なにせ、行きあたりばったりで撮影しているものですから・・・

時計と金剛山頂の間に沈もうとしているお月さん。

この構図は今回初の撮影。

あと少しで大阪湾に月が沈むと思ってたのですが、この下にある雲に隠れてしまいました。

雲に隠れようとするお月さん。

月に合わせると街が暗くなりますね。

月と街を別々に撮影して合成すると良い写真になると思うのですが、そういう撮影をして加工をしないといけないのが面倒です。

このブログでアップしている写真はJPEG保存しているデータを縮小しているだけなので、面倒くさがりの私には手の出しにくい世界です。

さて、お月さんがなくなるといつもの風景に。

しかもテレビ取材の方もいなくなったので、暗くなっている。

お月さんの撮影後何気なく眺めていたら、山の中にヘッドライトの灯りが見えます!

白い光の線が横に移動している様子が分かりますか。

青崩ルートからなのか黒栂谷のどちらから登ってきたのでしょう。

ちなみに、カウントダウン前とこの初日の出の2回、このルートから登る人がいましたので、自分が見ただけでも4人はいたことになります。

凄いな、と思ったけど、自分も青崩ルートから登ってたことありました。

夜の登山道撮影目的以外では本道以外は使いたくない方なんですが、世の中にはすごい人がいるもんだなと感心した次第です。

午前5時を過ぎると売店も開き、初日の出目当ての登山者が続々と登ってきますので、それまでのけだるい時間が嘘のように、活気溢れる金剛山頂となります。

おそらく、一年で夜の金剛山が最も活気づくのがこの数時間です。

多くの方々が午前5時頃から千早本道を登り始めていると思うのですが、この日ばかりは暗闇の登山道に大勢の人がいますから、恐怖感をあまり感じることがないのではと思います。

賑わう売店ですが、店内が禁煙じゃないので私は入れません。

一日で一番冷え込む時間帯なので、火のまわりには人が沢山。

暗くて寒い中登って来ましたから、火を見ると安心しますよね。

千早本道から続々と登って来ています。

続々と人が登って来ているのにテレビ取材の人はいませんけど、いいのかな。

午前6時を過ぎ、街の灯りが再び灯り始め、2018年が動き始めました。

2018年は、金剛山でどんな素晴らしい夜景に出合えるか楽しみです。

また、昨年は金剛山がマスメディアに紹介されましたが、金剛山から見える夜景も広く世間に紹介されると良いなと思います。

 

おまけ

登山開始時、千早城へ至るルートの照明は消灯されていましたが、下山時にはこのように点灯されていました。

大晦日は20時45分頃から登り始めたのですが、どうやら、この場所の照明はもっと遅い時間に点灯するようですね。

平成29年~30年 金剛山へ年越し登山 (前編)

12月にそこそこ積雪はあったものの、途中の温かな気温で金剛山山頂の雪は徐々に消えてなくなり、12月31日昼の雨で、雪は絶望的となった年越し登山。

山頂まで来たものの、地面は凍ってはいるが雪はなく、霧に包まて真っ白・・・

これはこれで奇麗な景色だと思うんですけど、やはり年越し登山のときは展望があった方がいいですね。

霧の中、雑なイルミネーション。

簡単にぱっと出来るきれいなイルミネーションってないですかね。

イルミネーションも終わったし、山頂の散策に出かけると、まずは捺印所前のカマクラ。

日付は12月31日。

そして、これが雪が積もっていた証。

転法輪寺も新年を迎える準備が整っているようです。

散策を終えて国見城址に戻ると、さっきまでの霧が嘘のように晴れ渡っています。

天気予報通りとはいえ、展望の回復が間に合ったようだ。

23時55分頃から、ライブカメラに映ろうとする人達が集まってきました。

今回、読売テレビの取材の方も来られていました。

さすが、テレビ取材用のライトは明るい。

このライトのおかげで、何の苦労もなくシャッターが切れるから有りがたかったです。

いよいよ2018年の幕開け。

左右のお兄さん、残念ながらライブカメラに写ってません。

毎年恒例のユニバーサルスタジオの花火も見れました。

しかし、望遠200mmではこれが限界。

「金剛山の一日」に写るのが終わると、集まっていた人々は散会しますが、そんな中取材に励む読売テレビさん。

霧で真っ白だと絵的にいまいちですが、晴れて夜景も奇麗に見えるようになって良かったです。

番組名は「すまたん」で放映日は1月8日(月)午前6時20分ごろとのことです。

カウントダウンが終わると、一旦ここ暖をとり、それからお参りに出かけます。

転法輪寺。

厳かな雰囲気です。

温かな火が燃えていますが、一晩中、番をされるそうです。

ちなみに、ここで暖をとっていたせいか、下山後顔がカサカサになりました。

遠赤外線で軽いやけどのようになったのかも。

参道の灯篭も、一年でこの日だけ火が灯されます。

夫婦杉の急坂のところ。

左に登ると葛木神社。

今回から葛城神社はライトアップがされています。

闇に浮かぶ社殿が幻想的です。

葛木神社を東に降りたブナ林から見える夜景。

正面が葛城山で左奥が生駒山。

つまり、画面右が奈良県で、画面左が大阪府です。

奈良の夜景。

畝傍山が良くわかりますね。

一の鳥居には向かわずに、ブナ林から引き返します。

この場所も灯篭は2つ増えましたね。

この石段を登る葛城神社です。

ここまで戻ってくると、さっきまでの暗闇が嘘のように明るく、別世界のようです。

上の写真を撮影している場所はここです。

薄らと見える鳥居の向こうから撮影しているのですが、光のあるなしでこれだけ違うんですね。

時間は午前1時過ぎ。

登山者も少なくなり、静かな時間が流れていきます。

捺印所もしばらく開店休業状態。

昼間は比較的暖かかったのですが、気温もマイナス3℃まで下がり、だんだんと寒くなってきました。

後編につづく

 

金剛山の夜景の魅力

金剛山の夜景の魅力を伝えるため金剛山の夜景というブログを開設しているわけですが、金剛山の夜景の魅力とはなんでしょうか。

日没までに下山するのが山の常識なのに、日没後に登山を開始してまで登るのだから何か魅力があると思いませんか。

私が思うに、眼前に広がる阪神間の街の夜景だと思います。

阪神間の夜景といえば六甲山山頂から眺めが有名ですね。神戸の街の光が左右に広がり、神戸港と神戸沖を航行する船舶の光がなんとも優雅です。

それに対して金剛山から見える夜景は、眼下に光の絨毯のごとく広がる街の光と、大阪湾や航行する船舶が灯す光に明石海峡大橋のイルミネーション。上空といっても目の前を飛行する航空機の光跡と、3次元に繰り広げられる光の共演だと思います。

この写真では金剛山頂の看板の背後に阿倍野ハルカスを中心に、大阪の街の光が広がっている様子を写していますが、これほど多く街の光が見える山というのも全国的に珍しいのではと思っています。

つまり、大都市の近くに山がないと、これほどの夜景は見れないわけで、平野の広がる名古屋や、東京ではお目にかかれない夜景といえます。

昼間に登ってこの看板の前で記念写真を撮る人は多いと思いますが、その場所が夜になるとこんな素晴らしい光景が広がっているとは、なかなか想像がつかないことでしょう。

個人的には、映画のワンシーンに使えそうな構図だと思うのですけどね。

さて、モデルが残念なのは置いといて、この夜景を背景に撮影するとこんな感じになります。

光が足りてないのも残念ですが、ここではマニュアル撮影なので、一枚撮影するごとに設定しないといけないので結構めんどくさいんですよ。

night (3)

この場所はライブカメラでおなじみの、時計と金剛山頂の看板がある国見城址ですが、夜にはこんな感じで目の前に大阪の夜景が広がっています。

night (27)

縦の光の筋は心霊現象ではなくて、撮影直後にカメラが下を向き、あわてて元に戻したので地上の光が光跡となって写っているだけなのでご安心を。

この夜景を背景に記念撮影をしたいと思いますよね。

千早本道なら比較的安全に夜間登山が出来るのと、ホームセンターに安価で明るいヘッドライトが売られていますから、機会があれば是非金剛山の夜景を体験してみてはいかがでしょうか。

 

金剛山に夕方登山と早朝登山

平成29年11月25日(土)は、夕方から登ってきました。

登り始めはまだ明るかったのですが、1時間半を掛けてゆっくり登っていると、山頂の到着することには真っ暗。

と言ってもまだ午前5時40分なので、山頂にはハンコをもらう人でしょうか、4人程いました。午後6時過ぎに下山を開始したのですが、登って来る人も4人程すれ違いましたので、夜間登山を経験してみたい人には明るいうちに登って、午後6時くらいから下山という計画がお進めかもしれません。

この日は風も弱かったため寒さはさほどではありませんでしたが、ここの水が凍っていますので、気温はそれなりに低かったようです。

ヘッドライト2個を点灯させて、ライブカメラのポールがある位置から撮影。

スマホを手持ちで撮影したものですが、ぶれることなく写っています。


となると、複数で夜間に金剛山へ登り、山頂で記念撮影をするような場面では、グループ全員のヘッドライトを被写体に向けて照らして撮影すれば、スマホでも結構良い写真が撮影できるのではと思います。

こちらは翌日早朝登山をして撮影したもので、上の写真を撮影してから12時間後にこれを撮影したわけです。

デジイチで撮影したので描写は細かいですが、三脚を用いてスローシャッター撮影以外は設定がオートなので色が少々変だったりと、スマホで簡易に撮影するのは大違いに手間がかかります。

つまり、スマホで金剛山山頂のような暗い場所を撮影しようとすると、ライトを沢山用いて被写体を明るくしてやれば、結構いけるのではと思っています。 いやぁ、技術の進歩はすばらしいですね。