昭和30年頃の大宿坊跡

最近入手した葛上村史(現御所市)に、金剛山山頂にある大宿坊跡の写真が掲載されていました。

 

ここに写っているのは、現在転法輪寺さんがお守りなどを販売している建物でしょうか。

この鳥居の奥の風景が現在とは少し違っています。

写真 手前はしだれ桜でしょうか。

昭和30年頃には、現在見られる建物があったのですね。

この葛上村史は昭和33年3月30日発行とありますので、私が生まれる前となります。

私もおっさんの年齢ですが、この郷土史に記されている金剛山の大宿坊跡は、さらに歴史があるわけですね。

なを現在、葛上村は近隣の村と合併して御所市となっていますので、これも歴史を感じます。

 

越口の水論を調べるために古い文献をあたっているのですが、こういう写真を見ると、古い金剛山の写真を集めるのも面白そうです。

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ボッカ

越口でロープを使った下降登高を済ませたものの、落石が頻繁に発生していたことから予定を早々に切り上げたため、運動量が少ない感じで物足りなかった。

この時は午前10時45分とまだ余裕のある時間なので、そのままダイトレ パノラマ台経由で金剛山山頂まで登ることにした。

しかし、ロープやハーネス、下降器・登高器を置いていくには盗難の不安があるので、ボッカトレを兼ねて道具一式背負うことにした。

50mロープ×2本が7.2kg。

ハーネス、下降器・登高器、カラビナなどが5.1kg。

ザックが9.5kg。

上記合計で21.8kg。

さすがに20kgを超えると、普段使っていない筋肉も使って登る感じになる。

ペースも普段よりかなり遅い。

山頂に到着したのが12時を過ぎていたので、越口から1時間30分近くかかって登ったことになる。

この時、山頂に到着した感動よりも、「この重量を背負ってまだ5kmも歩くのか」という思いの方が強かった。

腰にはハーネスとカラビナに下降器・登高器などをいっぱいつけてジャラジャラとさせ、肩にはロープをタスキに掛けて背中にもザックを背負っているから、途中、「電気屋さんですか」とか、「金剛山でそんな道具どこで使うの」や、「おい、手伝ったれ」などとともに、すれ違う人々の熱い視線を感じながらのボッカトレだった。

あ~、ほんま疲れたわ。

越口の谷はかなり危険

水越峠からダイトレを金剛山方向に約1km歩くと「越口」という場所があります。

ここは元来河内側に流れていた水越川の水を、古くから栄えていた葛城側に流れを替えていたが、河内側の水需要の高まりから水争いを発端とした国境線確定の訴訟に発展し、元禄14年(1701)に葛城側勝訴となった、歴史ある場所なんですね。

水越川から分流した水はしばらく道路沿いに天井川の流れとなり、やがて越口の奈良側の谷へと落ちていきます。

今日は、越口の谷がどのようになっているのか? 実際に下りて現場を見てきました。

しかし、降りると言っても道はありませんし、奈良側の谷は崖に近い斜度のため、ロープを使って下降して行きます。

砂防堰堤まで約半分ほど下りたところです。

降りたところにある砂防堰堤。

ほとんど砂礫で埋まっています。

ダイトレを歩いている限りでは気が付きませんが、この場所は絶えず斜面が崩落し続けている現場で、数分に1回は落石の音が聞こえます。

当初はこの堰堤の場所から右に進み、水が流れ落ちる所まで行く予定をしていましたが、上記のとおり落石が頻繁に発生していることと、この堰堤の写真撮影の直後に対岸の斜面が、バサッ!ガラガラ!と、まとまった落石が発生したので、この場所は危険と判断し、直ちに登高を開始します。

登高システムを上から見る。

道路までもう少し。

越口とから祈りの滝に向かう谷は、上記の通り小規模な斜面崩落や落石が頻繁に発生していますので、谷に降りると越口を通る道路が崩落しないのが不思議なくらいです。

砂防堰堤がいっぱいになるのも時間の問題ですが、新たに堰堤を作る工事をしようにも、斜面の補強からする必要がありますので、費用が莫大なものになるでしょう。

しかし、越口の道路が崩落すれば、元来大阪側に流れていた水が奈良側に流れるようになりますので、奈良県としてはこのまま自然の成り行きに任せている、と言うのは、かなりひねくれた見方かもしれません。

下界から見る国見城址

今年の金剛山は近年稀に見る大雪でしたね。

雪が積もると、光の反射が増えるので、普段は暗い所も明るく見えます。

そのため、下界からも国見城址がよく見えることが度々ありました。

山のてっぺんから少し下の白い所が国見城址広場です。

そんな大雪も、2月下旬の暖かさと雨で、かなり溶けてしまったことでしょう。次に雪を見るのは、春夏秋と過ごして、11月半ばに薄く雪化粧する頃かと思っていたら、今日は下界でも雪が舞っていました。

でも、雪を見るのは今週がいよいよ最後かもしれませんね。

 

 

水越川砂防ダム

大阪府富田林土木事務所から、「水越川砂防ダム」のパンフレットを頂きました。

この砂防ダムのある場所というのが、林道石ブテ線を登った先にある、あの巨大な堰堤です。

資料によれば、水越川砂防ダムは、平成6年3月に完成したとあります。

このパンフレットに記載されている写真は、工事途中のものなので、この付近の当時の様子を知る資料にもなります。

また、このダム工事とともに、水越峠の旧道に入ってから、金剛バス 水越峠の転回場までを「水越川砂防環境整備ゾーン」として整備されたようです。

この巨大なダム工事も、今となっては富田林土木事務所に残る資料はこのパンフレット一枚だけだそうで、貴重な物を頂きました。

大阪府富田林土木事務所の皆様、ありがとうございました。

パンフレットをスキャンしてPDF化したものをこちらのサイトからダウンロードできます。

ダウンロード期間は、本日を含めて3日間です。

http://firestorage.jp/download/d69ce1cfa72f2bf00caf75aa808dba8d116463c8