平成28年~29年 金剛山へ年越し登山

ザ・金剛登山2016年金剛山の年越しライブ映像は病室で見ていたので、今回は2年ぶりに金剛山で新年を迎えることができました。いやぁ~健康って本当に大事ですね。

新年を迎えた金剛山山頂のライブカメラ映像。

金剛登山道情報(金剛山のホームページ)>金剛山ライブカメラ金剛山の一日からの映像

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現地の様子。(顔にぼかしを入れてます)

それにしても両脇にいた人、ライブ映像に入ってない~。これは残念。

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今回 というか前回やってみようとしてたのが、LED照明でイルミネーションをすること。

おなじみの金剛山頂看板前の様子。

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後ろに大阪の夜景が広がり美しい眺めなんですが、似たような写真ばかりになってきたので何か飾ってみようかと思ったわけです。

結果こうなりました。

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電柱に巻いたイルミネーションは思ったより出来が良かったのですが、チェーンの支柱の間に取り付けたイルミネーションが背景の夜景と同化してあんまりわからなくなってますね。

こちらがライブカメラの映像。

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現地ではそれなりにきれいなんですけどね。

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引いて見ると電柱以外はさっぱり・・・

この結果を次回に生かすとしよう。

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さて、元旦の日だけ0時に捺印所が開きます。

そのせいか、年越し登山の方以外に回数登山の方も夜中に登って来ます。

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売店前の広場では 「低山徘徊者の徒然日記」の のぶさんと御一行。のぶさんには年越しそばを頂きました。ありがとうございました。また他のメンバーの方からは、鳥のお菓子の差し入れおいしかったです。写真でアップしようと思ったのですが美味しそうに撮れませんでしたスミマセン。クルミをホワイトチョコとで包んだお菓子美味しかったです。おまんじゅう美味しかったです。皆様ありがとうございました。

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こちらでは「ザ・金剛登山」のキバラーさんと御一行。キバラさんとは久しぶりにお会いできて嬉しかったです。

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転法輪寺では31日から新年に日付が変わると、こちらの本堂で護摩祈祷が行われますので、その音が聞こえてくると新年になったんだな~という感じになります。

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それまで快晴だったのに、霧に包まれるようになりました。

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元旦の日だけ灯篭に光が入ります。

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元旦だけ特別に明るい葛木神社。

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一旦仁王杉まで下ります。

葛木神社の光と闇が対比する仁王杉のある場所。

写真だと怖そうにも見えますが、水越峠からダイトレルートを登ってきてこの光を見ると安心しますよ。

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この石段を登ると葛木神社。

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霧に包まれて幻想的ですね。

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国見城址広場へ戻る途中、転法輪寺からは宿坊跡で燃え続ける火が見えます。

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転法輪寺。

護摩祈祷も終わり静かな本堂。

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この日は気温も0℃ぐらいで例年ほど寒くはありませんが、それでも火の温かさを実感します。

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暖をとる人達。

いつもならあちこちを撮影しながら朝まで居るところですが、今回は病み上がりと言うことで無理をしないでここらで下山すことにしました。

一晩中撮影で山を歩き回って初日の出を撮影するのは案外体力がいりますからね。でも、金剛山に登れる程度まで体力が回復できたで良かったです。

今年は体力の向上を目指してトレーニングに励むことにしましょう。

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下山前にイルミネーションの片づけ。

華やかなのかどうか良く分からない状態・・・

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今回LEDのイルミネーションをやってみてわかったこと。

・気温が0℃ぐらいなら電池は一晩持ちそうだけど、使用した充電池(エネループ)の使用できる温度が-5℃までなので、これを下回る気温だと何らかの保温対策が必要。

・イルミネーションは線状に配置するよりはある程度まとめた方がきれいに見える。

・時計に巻きつけようとしたけど、すり下がってまけない。

・金剛山頂の看板は支柱が細いので巻きつけるのがめんどくさそう。

今回わかったことを次に生かすとして、ライブカメラを見ながら年越ししてた人は楽しんでいた抱けたでしょうか。

 

 

 

 

平成28年~29年 金剛山へ年越し登山 千早城跡~千早本道を登る

金剛山に夜登る人の大多数は千早本道を使うと思いますので、夜の登山道の様子を紹介します。

前回の年越し登山の時に、千早本道を登り始めて5分ぐらいの所にある水場から分岐している、千早城跡へ至る道の照明が点灯していたので、今回も千早城跡がライトアップされているのではと思って、富田林警察千早駐在所前からスタートすることにしました。

金剛登山口バス停から南向きに撮影。左カーブの左側からスタート地点で右側に駐在所があります。

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ここに来て思いだした。千早城跡へはウォーミングアップなしの激登り階段だったことを。

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下ってるようにも見えますが、激登りです。しかも一段一段が高い。

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登り始めて1分もしないうちにしんどい 。

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一気に高度を稼ぐので、すぐに夜景が見えるようになります。

石段のすぐ左側に見えるのが、千早地区の灯りで、画面上の灯りは河内長野の夜景です。

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千早城跡広場から千早神社への参道。

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電球が点灯している左の道を下ると本道の水場に出ます。

素直に千早本道の水場からこの道を登って来れば良かったと後悔。

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階段を登って行くと正面に千早神社があります。なを、千早本道へは右側の看板の方へ進みます。

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途中、倒木をまたいで通過。

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千早本道の七曲りを登りきったあたりに合流します。

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三合目。

千早本道は道が整備されているので暗いライトでも分かりやすいのですが、足元ばかり照らさずに、目の前も照らして進む方向を把握するようにしましょう。

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四合目。

最近は明るいライトがホームセンターで安く購入できるようになりましたが、焦点がスポット的な物が多い気がします。個人的には写真のように配光が拡散するタイプの方が歩きやすいと思います。

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五合目。

左にあるのが簡易トイレで、右側にウルトラマンとバルタン星人の石造があります。

ここから風が吹き抜けるようりなり体感温度がぐっと下がりますので、私の場合はこの撮影場所でザックを一旦おろして、上着を着て寒さ対策をするようにしています。

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六合目。

闇を切り裂いて進んで行く感じ。

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二股に分かれる所。

千早本道なら足元の階段だけ照らして登ってもまぁ大丈夫ですが、他の山で夜間に登ろうと思うと、これぐらい配光が広いライトの方が歩きやすいですね。

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七合目。

安心の木製階段。このあたりまでくると、山頂までだいぶ近付いた感じでしょうか。

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ブナ林が始まる所

ここだけ道が狭くなってますが、柵があるので転落の心配はないです。

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八合目。

山頂まであと一息。この後ろで道が二方向に分かれますが、九合目の看板の所で合流しますので、どちらを進んでも大丈夫。

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九合目

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楽な道のコンクリート橋

山頂にある街灯の光が見えて安心しますね。

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右の窓から漏れる灯りはトイレで正面は街灯の灯りです。

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階段の延長線上に見える灯りはこの右側の照明なんです。

国見城址広場まであと少し。

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到着。

目の前には大阪の夜景が眼下に広がっています。

真っ暗な登山を登ってこの夜景が見られると感動しますが、雲に覆われ真っ白なことも多いので、その場合はあきらめましょう。

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千早本道は夜の暗闇でも道迷いの心配がほぼないので安心して夜間登山の練習に使えると思います。ただ、安全な道とはいっても片道約1時間は暗闇なので、装備はしっかりとして下さいね。

二上山(雌岳)山頂から見える夜景

二上山の雌岳山頂からは奈良と大阪の夜景両方を楽しむことができます。

まずは奈良県側の夜景。

地域のランドマーク的な所を図示してみました。

あの光があの場所なんだとわかると、単なる夜景がより身近に見えるようになると思います。

 

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そのうち、北側の特定をした写真に差し替えますので、気長にお待ちください。

大阪側の夜景

大阪側は大阪の夜景に加え、阪神間と明石海峡大橋と淡路島の沿岸まで見ることができます。

画面の説明をすると、中央から少し左側のうねった道が南阪奈道路になり、その奥に明石海峡大橋のイルミネーションが見えます。
画面中央の少し右、赤い二つの点の上に阿倍野ハルカスが見えます。

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文字による説明だとなかなか分かりにくいと思いますので、そのうち地名を挿入した写真に差し替える予定なので、それまでお待ちください。

二上山(雌岳)への登山道

二上山は金剛山地北部に位置し、北方の雄岳(517m)と南方の雌岳(474m)の2つの山頂がある双耳峰である。(ウィキペディアより)

この二上山の低い方の山「雌岳」の山頂は平らになっていて、徒歩で10秒も歩けば大阪と奈良の風景が楽しめる場所なので、夜景撮影にうってつけです。

そこで、夜間に登山道を登ろうと言う人のために夜の登山道を紹介しましょう。

まずは、雌岳の南側に位置する国道166号線(竹内街道)の、竹内峠手前の大阪側にある万葉の森駐車場をスタート地点とします。

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夜に撮影しているのに大阪の街の明かりが強烈なので、長時間露光をすると日没直後のように空が明るい。

目の前にある黄色のU字型の車止めの向こうが登山道で、その右が国道166号線。

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ここから先は真っ暗です。

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1分ほど進むと左側に階段が見えてきますので、こちらに進みます。(鹿谷寺跡ルート)

ちなみに、暗闇の方向の舗装路を進んでも途中で鹿谷寺跡ルートと合流するので、安全重視の場合は舗装路をお進めします。

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駐車場からまだ3分程度で体がまだ温まっていないのに、この激登りは気持ちを萎えさせます。

激登りな階段を登り、この倒れた木を過ぎてすぐに左に曲がります。

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約20~30歩程度でこの岩壁のような場所にきますので、右に曲がります。

左に曲がると展望台まですぐです。

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鹿谷寺跡を抜けて、いよいよ二上山登山の最も危険地帯を行きます。(ここまで約5分)

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目の前の岩場を登って行きます。

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細い岩場が続きます。

真っ暗で見えませんが、右側は崖です。

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登りきって振り向いて撮影。

左が崖ですね。

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まだまだ続く岩壁。

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登ってから振り向いて撮影。

昼間はなんてことない岩壁ですが、夜間に登るとスリリングだと思います。

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岩壁を登りきると、大阪の夜景が一望できます。

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二上山の危険地帯はここまで。

さっきの岩場を少し登ると、駐車場下にある釣り池の方から来た道と合流します。

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この後は木の階段を登ると舗装路の分岐に出ます。

駐車場を進んですぐの鹿谷寺跡ルートに向かう分岐の階段ではなく、舗装路をまっすく進むとこの場所で合流です。

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ここから道は広く歩きやすくなります。

遊歩道のような道を進むといよいよ大阪の夜景が眼下に繰り広げられて行きます。

この右側は、草木が刈り取られて広場のようになっていて眺めは最高ですよ。

小枝の右側の所に関西国際空港が見えるのが分かりますかね。

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馬の背を右に曲がると雌岳に向かう登山道です。

道の右側が売店で、左側がトイレ。

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馬の背を通らない短絡路と合流地点。

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41番地点から振り返って、馬の背から登ってくるとこんな感じ。

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短絡路を通るとこんな感じ。

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41番の右側を通り登っていくと雌岳山頂に到着。

背後には奈良の夜景が広がっています。

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畝傍山の稜線が見えますね。

 

反対を向くと大阪の夜景が広がっています。

 

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万葉の森駐車場から雌岳山頂まで30分。

金剛山に登るよりは時間が短くて済むので、夜間登山の練習にはいいかもしれません。

でも、夜間登山をするときはくれぐれも安全には注意してください。

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なを、雪が積もった時の記事は「二上山へ早朝登山」をご覧ください。

 

2016年12月24日 金剛登山

1年2カ月ぶりの早朝登山は楽しかった。

早朝登山に向けて車を走行中、金剛山登山口に近づくにつれて道路は濡れてきた。フロントガラスにぽつぽつと雨粒があたってはいたが、登山口に到着後に雨雲レーダーで確認すると、上空にある弱い雨雲は過ぎ去りつつあったので、準備体操をしてから真っ暗な登山道を登り始める。

以前なら本道でも怖い思いをしながら登ってたのに、今回は不思議と怖さは全くない。

早朝登山に復活できたことがよほど嬉しかったのかな?

そんなことを思いながら登っていくと、木々のすき間からは夜景が見えていたので山頂からの眺めを期待していたものの、7合目付近から霧が立ち込め視界は真っ白となり、深い霧に包まれた金剛山山頂へ午前4時5分ごろ到着。

夜景なんて全く見えませんね。

これはスマホを手持ちで撮影なんですが、画像はぶれてないし技術の進歩はすごいですね。

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ここからはコンパクトデジタルカメラで撮影した夜景写真。

スマホの撮影と違って設定がめんどくさい。 シャッタースピードを3秒、タイマーを2秒にして、固定部の上にカメラを置いて撮影。 写真を見たら、ホワイトバランスの設定を忘れてた。

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真っ白。

こういう霧のときは目の前の霧にピントが合うので、微妙にピントが合ってない写真になるんですよね。

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時折舞う雪かミゾレで少しだけ地面が白くなってる。

回数登山者を掲示している看板は復活するのかな?

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しかし、人が早朝登山をしてる常連さんは減りましたね。

午前4時30分ぐらなんですが、私を含めて5人ほど。

以前なら土曜日の早朝だと大勢の早朝登山者がいたものですが、常連さんに聞くところによると、あの人は来なくなったとか、あの人は亡くなられたとか、登山回数を減らしているとか等々。

たしかに、早朝登山している人は私よりもずっと年齢が上の人達ですからね。

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そういう私も昨年末に肺炎で入院し、金剛山のカウントダウンライブ映像と初日の出は病室で眺めるという残念な2016年の新年でありました。

これは2016年元旦に病室から撮影した初日の出。

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葛城山の左から昇る2016年の初日の出。金剛山は雲に覆われていた。

退院後は落ちた体力の回復を目指してトレーニングに励み、昼間は水越峠から金剛山登山を何度もして体力が回復したことを確認してから早朝登山に復活。

やっぱり金剛山に夜間登るのは気軽に非日常を味わえるのがいいですね。

 

 

 

 

昔の書物を読む -河内名所圖會 6巻 [2] - (金剛山)

郷土史の研究の金剛山に関する記述の中に引用されていた文献が、享和1 (1801年)発行の河内名所圖會 6巻 [2] になります。

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享和1 (1801年)発行ということは、現在2016年なので、215年前に書かれた書籍ということになりますが、こういう古い書物が一般に公開されているということはとても素晴らしいことですね。

※国立国会図書館デジタルコレクションから

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享和1 (1801年)当時の金剛山と和泉葛城山にかけての様子が描かれていす。

これは中葛城山から西の方を描いているのだろうか?

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こちらが金剛山。

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上の絵を並べたのがこちら

※googlブックスから

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こちらは石川から見た金剛山。

左の葛城山と右の金剛山の稜線の重なり等は、現在我々が見ている風景と瓜二つですね。(当たり前ですが)

位置関係でいうと、南阪奈道路が通っているあたりからの眺めでしょうか。

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金剛山に関しての記述ですが、これは・・・、達筆すぎて読めませんわ・・・

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誰か読める人いませんかね・・・

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昔の書物を読む -郷土史の研究- (金剛山)

大正十五年六月一五日発行 南河内郡東部教育會編 郷土史の研究の千早村の章に、金剛山の記述がありました。

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現在の、金剛山 転法輪寺 本堂前の階段を下りた所に広がる宿坊跡の平地について、2011/03/13に投稿した「昭和30年頃の大宿坊跡」の記事では、葛上村史(現御所市)昭和33年3月当時、すでにこの場所は宿坊の跡地、との内容でしたが、今回参考にした南河内郡東部教育會編 郷土史の研究では、昭和33年からさらに遡り、大正15年6月当時にはすでに宿坊はなく、跡地のみであったことがわかりました。

しかも草茫々という表現なので、大正15年当時は今のように、手入れがそれほどされていなかったのかもしれませんね。

尙此の境内に大宿坊、西室坊、行者坊、實床坊、長床坊、朝原寺、石原寺等の名今尙残り、草茫々たる中に明かに其跡を認むるを得。」

次に金剛山からの展望についての以下のような記述があり、この内容は金剛山の夜景ホームページのトップページに表示している内容に似ている気がします。

郷土史の研究から

河内名所圖會に『遙かに遠望すれば、おしでるや難波の浦、大江阪の萬戸、河分口の泊船、北の方に大物の城、西宮、兵庫、和田岬、一の谷、はいわたる程といふ。 須磨、明石、月落ちかゝる淡路島山、阿波の海、紀の海、茅淳の浦々まで見え渡りて風光著し。

金剛山の夜景ホームページのトップページから

「二上山・葛城山・金剛山山頂から見える夜景は、六甲山や生駒山から見える夜景に劣ることなく素晴らしいもので、 世界有数の大都市である大阪と神戸の夜景を中心として、関西空港から明石海峡大橋を経て淡路島まで光の帯がつながっています。また隣県の奈良や和歌山の夜景に加え、京都や、はるか滋賀県の山々の稜線まで展望出来るすばらしい夜景の数々をご覧下さい。」

まぁ、見える風景が同じなので見たまま書けば似てくるのは当然なのですが、私が金剛山山頂から見た光景に感動した思いと、昔の人の思いが共通であったことに嬉しく思いました。

千早村

古道

細尾峠越、紀伊峠越、千早峠越、高間越等して、何れも千早より紀州及大和に通ずる要路とす。

 

古跡名所

金剛山

河内大和の國境にして、海抜千百餘米の高山なり。

頂上には些かなる葛城神神の假社殿、神職の宅及簡易休憩所あるのみなれども、往昔役の小角の開基に係る、金剛山寺最上乗院轉法輪寺の堂塔伽藍櫛比し修驗道の靈場なりしなり。

尙此の境内に大宿坊、西室坊、行者坊、實床坊、長床坊、朝原寺、石原寺等の名今尙残り、草茫々たる中に明かに其跡を認むるを得。

元弘元年下赤阪城落城の後、楠木正成は護良親王を奉じ、一時當山に隠れ、賊勢を避け、終に再擧の計を廻し、千早城成るに及び、此山の國見に其の寨を築き正季をして之に據らしめ、千早城背後の防禦をなさしめたり。

山頂の風景頗る佳にして實に阪南地方に冠たらん。

河内名所圖繒に『遙かに遠望すれば、おしでるや難波の浦、大江阪の萬戸、河分口の泊船、北の方に大物の城、西宮、兵庫、和田岬、一の谷、はいわたる程といふ。 須磨、明石、月落ちかゝる淡路島山、阿波の海、紀の海、茅淳の浦々まで見え渡りて風光著し。 こゝも元弘の古城にして、楠正季守り、東軍を直下に見おろし、奇手を鏖の計を廻らしけるとかや。 實に仙境に至るの思あり。 正成は此峰を皇居として、南朝の社稜を興し、天下一統なさしめんと、計りしも宣なる哉や。 畿内最一の要害なり』と記せり。

尙山頂には福石、雄略天皇の御狩跡等の古蹟も 畫猶暗き老杉の間に實時の名殘を止む。

 

谷及瀧、井泉
風呂谷は、大字千早城址の東方にありて、楠木正成此所は用水を貯へ、又炊事場を設けたる所なりと傳ふ。

妙見谷は千早城址の東南に在りて、楠氏の籠城實時、用水を此の谷より比けりと傳ふ。

今尙城本丸茶屋の壇より、風呂谷に至る山腹に、井堰の伏せる跡を認む。

鈴が瀧は大字千早の入り口に在り。
正成大手外防の第一關として此所に千早川を堰き止めて、水城を作れりといふ。

赤瀧は千早より五條に至る山道に在り。正成此の瀧によりて、筒城赤瀧の寨を守れりと傳ふ。

五所の秘水は千早城址より、金剛山に登る山腹に在り。
正成飲料水を引きし所と傳へ、今尙其跡三ヶ所も存し、水極めて浄く四時絶ゆる事なし。

郷土史 土史の研究 南河内郡東部教育会 編 大正15_01

郷土史 土史の研究 南河内郡東部教育会 編 大正15_02