昔の書物を読む -河内名所圖會 6巻 [2] - (金剛山)

郷土史の研究の金剛山に関する記述の中に引用されていた文献が、享和1 (1801年)発行の河内名所圖會 6巻 [2] になります。

河内名所図会 2 享和1 [1801]_01

享和1 (1801年)発行ということは、現在2016年なので、215年前に書かれた書籍ということになりますが、こういう古い書物が一般に公開されているということはとても素晴らしいことですね。

※国立国会図書館デジタルコレクションから

河内名所図会 2 享和1 [1801]_02

享和1 (1801年)当時の金剛山と和泉葛城山にかけての様子が描かれていす。

これは中葛城山から西の方を描いているのだろうか?

河内名所図会 2 享和1 [1801]_03

こちらが金剛山。

河内名所図会 2 享和1 [1801]_04

上の絵を並べたのがこちら

※googlブックスから

kongozan

こちらは石川から見た金剛山。

左の葛城山と右の金剛山の稜線の重なり等は、現在我々が見ている風景と瓜二つですね。(当たり前ですが)

位置関係でいうと、南阪奈道路が通っているあたりからの眺めでしょうか。

河内名所図会 2 享和1 [1801]_07

金剛山に関しての記述ですが、これは・・・、達筆すぎて読めませんわ・・・

河内名所図会 2 享和1 [1801]_05

誰か読める人いませんかね・・・

河内名所図会 2 享和1 [1801]_06

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昔の書物を読む -郷土史の研究- (金剛山)

大正十五年六月一五日発行 南河内郡東部教育會編 郷土史の研究の千早村の章に、金剛山の記述がありました。

郷土史 土史の研究 南河内郡東部教育会 編 大正15_148

 

現在の、金剛山 転法輪寺 本堂前の階段を下りた所に広がる宿坊跡の平地について、2011/03/13に投稿した「昭和30年頃の大宿坊跡」の記事では、葛上村史(現御所市)昭和33年3月当時、すでにこの場所は宿坊の跡地、との内容でしたが、今回参考にした南河内郡東部教育會編 郷土史の研究では、昭和33年からさらに遡り、大正15年6月当時にはすでに宿坊はなく、跡地のみであったことがわかりました。

しかも草茫々という表現なので、大正15年当時は今のように、手入れがそれほどされていなかったのかもしれませんね。

尙此の境内に大宿坊、西室坊、行者坊、實床坊、長床坊、朝原寺、石原寺等の名今尙残り、草茫々たる中に明かに其跡を認むるを得。」

次に金剛山からの展望についての以下のような記述があり、この内容は金剛山の夜景ホームページのトップページに表示している内容に似ている気がします。

郷土史の研究から

河内名所圖會に『遙かに遠望すれば、おしでるや難波の浦、大江阪の萬戸、河分口の泊船、北の方に大物の城、西宮、兵庫、和田岬、一の谷、はいわたる程といふ。 須磨、明石、月落ちかゝる淡路島山、阿波の海、紀の海、茅淳の浦々まで見え渡りて風光著し。

金剛山の夜景ホームページのトップページから

「二上山・葛城山・金剛山山頂から見える夜景は、六甲山や生駒山から見える夜景に劣ることなく素晴らしいもので、 世界有数の大都市である大阪と神戸の夜景を中心として、関西空港から明石海峡大橋を経て淡路島まで光の帯がつながっています。また隣県の奈良や和歌山の夜景に加え、京都や、はるか滋賀県の山々の稜線まで展望出来るすばらしい夜景の数々をご覧下さい。」

まぁ、見える風景が同じなので見たまま書けば似てくるのは当然なのですが、私が金剛山山頂から見た光景に感動した思いと、昔の人の思いが共通であったことに嬉しく思いました。

千早村

古道

細尾峠越、紀伊峠越、千早峠越、高間越等して、何れも千早より紀州及大和に通ずる要路とす。

 

古跡名所

金剛山

河内大和の國境にして、海抜千百餘米の高山なり。

頂上には些かなる葛城神神の假社殿、神職の宅及簡易休憩所あるのみなれども、往昔役の小角の開基に係る、金剛山寺最上乗院轉法輪寺の堂塔伽藍櫛比し修驗道の靈場なりしなり。

尙此の境内に大宿坊、西室坊、行者坊、實床坊、長床坊、朝原寺、石原寺等の名今尙残り、草茫々たる中に明かに其跡を認むるを得。

元弘元年下赤阪城落城の後、楠木正成は護良親王を奉じ、一時當山に隠れ、賊勢を避け、終に再擧の計を廻し、千早城成るに及び、此山の國見に其の寨を築き正季をして之に據らしめ、千早城背後の防禦をなさしめたり。

山頂の風景頗る佳にして實に阪南地方に冠たらん。

河内名所圖繒に『遙かに遠望すれば、おしでるや難波の浦、大江阪の萬戸、河分口の泊船、北の方に大物の城、西宮、兵庫、和田岬、一の谷、はいわたる程といふ。 須磨、明石、月落ちかゝる淡路島山、阿波の海、紀の海、茅淳の浦々まで見え渡りて風光著し。 こゝも元弘の古城にして、楠正季守り、東軍を直下に見おろし、奇手を鏖の計を廻らしけるとかや。 實に仙境に至るの思あり。 正成は此峰を皇居として、南朝の社稜を興し、天下一統なさしめんと、計りしも宣なる哉や。 畿内最一の要害なり』と記せり。

尙山頂には福石、雄略天皇の御狩跡等の古蹟も 畫猶暗き老杉の間に實時の名殘を止む。

 

谷及瀧、井泉
風呂谷は、大字千早城址の東方にありて、楠木正成此所は用水を貯へ、又炊事場を設けたる所なりと傳ふ。

妙見谷は千早城址の東南に在りて、楠氏の籠城實時、用水を此の谷より比けりと傳ふ。

今尙城本丸茶屋の壇より、風呂谷に至る山腹に、井堰の伏せる跡を認む。

鈴が瀧は大字千早の入り口に在り。
正成大手外防の第一關として此所に千早川を堰き止めて、水城を作れりといふ。

赤瀧は千早より五條に至る山道に在り。正成此の瀧によりて、筒城赤瀧の寨を守れりと傳ふ。

五所の秘水は千早城址より、金剛山に登る山腹に在り。
正成飲料水を引きし所と傳へ、今尙其跡三ヶ所も存し、水極めて浄く四時絶ゆる事なし。

郷土史 土史の研究 南河内郡東部教育会 編 大正15_01

郷土史 土史の研究 南河内郡東部教育会 編 大正15_02

 

 

 

昔の書物を読む -大和名勝-

金剛山の関する情報は金剛山登山道情報を始めとして、様々な方々のブログで知ることができます。

季節の移ろいや、植物の開花情報に登山道上の危険情報など、今では出かける前にある程度の情報を知った上で金剛登山ができるので、ありがたい世の中になったものです。

そうなると今度は、昔の金剛山や葛城山・二上山の様子は現在と比べてどうだったのか、とても興味がわいてきます。

そこでネットで昔の金剛山の様子を検索して調べていると、昔の書物がPDFで公開されていましたので、ダウンロードして読み耽っています。

ダウンロードした書物の一つに、明治三十六年四月三十日に金港堂書籍株式會社から発行された「大和名勝」という書物があります。

これは表題のとおり奈良県の名勝を紹介した本ですが、その中から二上山、葛城山、金剛山について抜き出して紹介しましょう。

大和名勝001_01

明治三十六年時点の現在の奈良県の地図。

これを見ると、現在のJR線はこの頃にはすでに開通していたようですが、近鉄南大阪線、吉野線、御所線はまだ未開通なことが分かります。

また、金剛山山頂付近の県境を表す線は正確に描かれていないな、などと突っ込みを入れながら見てしまいます。

ともかく、古い地図は現在との違いを見比べるのは楽しいですね。

大和名勝002_01

大和國略圖

郷土史を読むとき、こういう略図があると位置関係が分かりやすくて助かります。

大和名勝010_01

二上山は現在、高い方の山を雄岳、低い方の山を雌岳と表記していますが、明治36年当時は男嶽女嶽と表記していたようですね。

この表記だと、実際は優美な姿の山なのに厳つい山の印象に感じますね。

二上山の説明の中に「南に瀑布(ばくふ)あり」と書かれていますが、この瀑布とは何ぞや思いネットで検索すると、「高い所から白い布を垂らしたように、直下する水の流れ。滝。飛泉。」とありますが、二上山の南にこんな所があったかな?

ひょっとして雌岳山頂から南東にある祐泉寺の側を流れる小川の流れは、当時(明治36年)はもっと水量が多かったのかな?という想像をしていますが、はたしてどうなんでしょうか。

では、以下に本文を転記します。

書物に書かれているとおりの文字を入力していますが、旧字のため間違いがあればご容赦ください。

 

二上山
二上山(ふたかみやま)は當麻村の西北に在りて河内國に跨(またが)れり。 二上とは二峯(ふたみね)なるが故なり。男嶽女嶽(おとこだけ おんなだけ)といふ。 恰(あたか)も常陸の筑波山のごとし。 北に小峯(こみね)あり銀峯(ぎんぼう)といふ。 南に瀑布(ばくふ)あり。 一𠀋餘(ぢようよ)なり。 山頂に二上神社あり。 今權現(いまごんげん)と稱(しょう)す。

□ ぬば玉の夜は明けぬらし玉くしげ 二上山に月かたふきぬ。
家(やか)持(もち)

大和名勝048_01

次は葛城山ですが、文字数も少なくあっさりしたものです。

葛城山
葛城山は南北葛城兩郡(なんぼくかつらぎりやうぐん)に連なり、嶺の西方は河内に隷(およ)ぶ。 嶺多く谿(たに)深し。 第一峯を高天山といふ。 高さ三百𠀋。

萬葉
青柳のかつらぎ山に立つきりの 立ても居ても妹をしぞおもふ
人(ひと)麿(まろ)

後撰
玉かつら葛城山の紅葉(もみぢば)は 面かげにのみ見えわたるかな
貫(つら)之(ゆき)

大和名勝051_01

金剛山はなぜか金剛山寺という表記になっています。

葛城山と同様に文字数も少なくあっさりしたものですが、本文の多くは「大和志」からの引用のようで、この大和志の中に現在の葛城神社や転法輪寺の様子が書かれています。

ここで「葛城の社は山のいと高き頂上に在て、大和國なり」とありますが、葛城の社とは現在の葛城神社ことと思いますが、ここは奈良県御所市に属していますので、この表記が間違っていいたため、上記の地図に描かれている県境の線も間違って書かれていたのかもしれません。

しかし、なぜ金剛山寺と表記したのかは謎です。

金剛山寺
金剛山寺は、葛城山の頂に在り。

一名は高天寺(かうてんじ)、正堂(しゃうどう)一宇、少祠(せうし)二宇大和に属し、餘(よ)は皆河内に隷(れい)す。

東北は則朝原寺東南(すなはちあさはらてらとうなん)は則石寺舊名猪石岡(すなはちいしでらきうめいるいはのをか)といふ。
大和志
按(あんずる)に貝原益軒南遊紀行(かいばらにきけんなんいうきかう)に云う、葛城山は大峯の外畿内(ほかきない)にも近國にも是程の高山(かうざん)は見えず。
絶頂(ぜつちゃう)に葛城の神社あり、大社(たいしゃ)なり、一言主の神(かみ)といふ、役行者堂あり、山上より二町西に下れば、河内國金剛山轉法輪寺(かわちのくに こんがうざん てんはふりんじ)あり、役小角(にんのせうかく)の開基なり、是山伏の嶺入して修法(しふはふ)する所なり、憎寺六坊あり、皆家作美大(みなかさくびだい)なり、大和河内の農民此神(のうみん このかみ)を甚奠崇(はなはだぞんしう)し、社の下の土をすこしばかり取てかへり、我田地に入れば、稲よく實(みのり)て虫くはずとて、参詣(さんけい)の人夥(ひとおびただ)し皆宿坊ありて宿(しゅく)するもの多し、檀那(だんな)にあらざれば、宿をかさず、葛城の社は山のいと高き頂上に在て、大和國なり、金剛寺の寺院は西の方の少(ち)ひさき所に在(あつ)て、河内國なり。
葛城の本社のすこし西に石不動を立たり、是大和河内の境なり、葛城の北にある大山をかいなが嶽といふ、河内にては是を篠峯(しのみね)と號(がう)す、篠峯を葛城山といふはあやまりなり、葛城は金剛山の峯なり、高間山あり云〻(うんうん)かいなが嶽は即ち戒那山(かいなざん)にて葛城山の中腹なり。
水越嶺とはこの間に在りて、大和河内の往來(おうらい)なり、楠正成はこ〻より吉野殿へゆきたりと云ふ。

大和名勝052_01大和名勝103_01

平成26年~平成27年 金剛山へ年越し登山(後編)

賑やかだった葛城神社を後にして、千早園地に向かいます。

こちらは仁王杉前。

現地ではこの辺りまでならライトなしでも行動できますが、補助光なしで写真撮影をすると、光量が少ないから奥の葛城神社以外は真っ暗に写ります。

撮影データ ISO400 シャッタースピード30秒

night_climb  26270101 (31)

一の鳥居前

なんだか異界への門といった感じですが、現地はそれほど怖い雰囲気ではないですよ。(多分)

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出迎え不動さんの前。

正面に進むと湧出岳で、右に進むと千早園地です。

千早園地から金剛山山頂に向かうルートでは最初に出会う街灯です。

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湧出岳にある金剛山展望塔の光は、金剛山へ夜間登山をするとき目印のように導いてくれます。

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千早園地に到着。

ライブカメラで見える映像は暗視カメラの様に遠くまで映っていますが、現地では自動販売機の照明だけなので、写真のようにあまり遠くまでは見えません。

コレとその下の写真はホワイトバランスの設定を忘れていたので、水中写真のようです。

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千早園地のログハウス。

夜間のライブカメラの光源となる自動販売機が眩しく光っています。

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香南荘前。

なんだか山火事のように見えますが。

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何が光っているのだろう?と行ってみると。

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ロープウェイ乗り場へ至る道に街灯があって、元旦の日は点灯しているんだ。

あぁ、そうか、初日の出をロープウェイで見に来るお客さんのためになんですね。

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オレンジ色の光に照らされた樹氷が美しく輝いていますが、強風が吹き付けている中でのスロー撮影はこれが限界でした。

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千早園地での撮影も終わり、再び転法輪寺前の大宿坊跡の焚火に向かいます。

やはり、氷点下の世界では焚火の炎は温かい。

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2015年も4時間を経過。

こんな時間でも登山者がいるようだ。

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冬は金剛桜が一番きれいに見える時期かもしれません。

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やっと雲は抜けて下界が見えるようになってきた。

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下界が見えるようにはなったけれど、雲は低く立ち込めているし、なにより西風が強い。

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国見城址広場から南西方向を見ます。

手前の黒部分が河内長野市にある錦織公園

その奥は、堺泉北臨海工業地帯で、大阪湾の対岸は六甲アイランドになります。

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少し視線を右に移動します。

画面中央を左右に伸びるオレンジ色の線は阪和自動車道路で、中央付近の白い光が吾彦大橋を渡る自動車の光。

中央奥が南港で、その奥は西宮浜です。

night_climb  26270101 (51)

また少し視線を右に移動すると、南大阪のランドマークであるPLの塔がそびえています。

画面中央、少し右にある白い光の帯は、住之江区にある阪神ゴルフセンター住之江店の光です。

画面奥は伊丹市ですね。

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さらに視線を右に移動すると、画面中央の赤い点が無数にあるところが大阪市の中央部分ですね。

画面中央の一番下が富田林で、画面の中央付近が近鉄南大阪線の河内松原駅付近です。

night_climb  26270101 (76)

しかし、文字で説明してもわかりにくいので、位置を明示したものを作るのは今後の宿題としましょう。

お気に入りの眺めは、国見城址広場から広がる大阪の夜景。

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西風にずっとあたって寒くなってきたので、温かい焚火の元に戻ります。

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焚火の炎で赤く染まったこの景色はきれいですね。

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寒い寒いと思ってたら、大晦日の午後11時の時点よりも4度も気温が下がっていた。

そりゃ寒いわけだ。

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元旦は午前5時のオープンする売店。

店内は温かそうだな。

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転法輪寺寺務所も開いています。

それにしても、画面右の雪像上手だな。

night_climb  26270101 (59)

午前5時50分。

上空に雲が立ち込めているけど、大阪の夜景はよく見えるようになったので、初日の出は期待できるかも。

night_climb  26270101 (61)

午前6時を過ぎて、辺りは徐々に明るくなってきた。

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暗闇に浮かぶ灯篭の光を見れるのもあとわずか。

太陽の光が増えてくると、幻想的だった世界から現実に戻っていくようだ。

night_climb  26270101 (68)

葛城神社の境内から初日の出を拝む。

なぜなら、直前まで焚火で温まりたかったから。

一晩中金剛山山頂にいたらそりゃ寒いよ。

night_climb  26270101 (69)

しかし、残念ながら初日の出は見ることができなかった。

これだけ雲が低く立ち込めていたらね・・・

night_climb  26270101 (70)

さて、これで夢のような年越し登山もいよいよ終わりです。

帰って寝るとするか。

night_climb  26270101 (71)

さて、普段金剛登山をしているあなたに、金剛山の美しい夜景観賞の登山プランをご提案。

元旦の午前4時半ぐらいから登り始めて、午前5時半ぐらいに山頂に到着。

国見城址広場で大阪の夜景を眺めて、葛城神社横のブナ林で奈良の夜景を鑑賞した後は、午前7時ごろに初日の出を見ます。

このプランの見どころは、一年に一度しかない灯篭に明かりが灯った参道に大宿坊跡の焚火。

ライトアップされた社殿や街灯に照らされた山頂が見どころです。

寒くなったら焚火で温まったり、売店で温かい食事をとるのもいいでしょう。

天候が良ければ大阪と奈良の夜景を鑑賞することができて、初日の出まで拝めるという盛り沢山のプランですよ!

平成26年~平成27年 金剛山へ年越し登山(前編)

あけましておめでとうございます。
平成20年の年末から始めた年越し登山は今回で7回目になりました。

金剛山登山ではお馴染の本道を登っていくと、水場のある所から千早神社に向かう分岐が照明で明るい。

night_climb  26270101 (1)

昨年までは真っ暗だったと思うので、新たに照明を設置したのだろうか?

金剛山山頂の葛城神社が照明を灯しているのだから、麓の千早神社もライトアップしているかもしれないので撮影しようかと思ったけれど、寄り道をしていると山頂に到着する時間が遅れるので、次回は千早神社から撮影することにして山頂へ向かうことにする。

night_climb  26270101 (2)

本道の七曲りを登ったところから本格的に濃霧に包まれた。

これは五合目の様子。

ご覧の通り、照明に照らされた手前は真っ白で、奥は真っ黒。

night_climb  26270101 (3)

濃霧の夜間登山には登りにくい。

それでも慣れた道なので、途中撮影しながら一時間ほどで金剛山山頂に到着。

国見城址広場は霧で真っ白。

night_climb  26270101 (4)

捺印所前も真っ白。

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大看板のある広場も濃霧に包まれて、奥にある売店が霞んでいる。

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午後10時30分。

奥にある黄色い機械がカップラーメンを売っている自動販売機は、売店が閉まっている時間に温かい食事が取れるので、非常にありがたい存在です。

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大宿坊跡では一晩中燃やされる焚火が体を温めてくれる。

night_climb  26270101 (8)

気温マイナス1度。

今夜は比較的に温かいなぁと思ってました、この頃は・・・

night_climb  26270101 (10)

これから参道の灯篭に火が灯すと聞いて、さっそく見学に行きます。

大宿坊跡前の鳥居からスタート。

night_climb  26270101 (15)

真っ暗な参道に並ぶ灯篭に火が入ると、厳かな気持ちになります。

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灯篭に着火マンを使って火を入れています。

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画面左側の灯篭から順番に灯して、夫婦杉手前の灯篭まで火入れが終わっています。

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葛城神社へ至る道に車がいるようですね。

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こちらは別班が、一の鳥居にある灯篭から順番に火を入れてきたようです。

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元旦の葛城神社は特に美しい。

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2014年12月31日から2015年1月1日へ、ちょうど看板の日付の更新作業中でした。

night_climb  26270101 (21)

新年を迎える準備の様子を撮影していると、そろそろカウントダウンの時間になりそうなので、国見城址広場に向かいます。

2014年もあと10分。

飾り付け用に持ってきたLEDライト2個を金剛山頂の看板に置いてみた。

night_climb  26270101 (24)

この写真を見て、ライブカメラで見てもそれなりに映えるであろう演出を思いついたので、来年はそれを実行してみようと思います。

今回も色々ななグループがライブカメラの前で新年を祝います。

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それにしても、カウントダウンのときのライブカメラの視聴者数はどれぐらいいたのだろうか?

のぶさん御一行の記念写真。

のぶさん、今回は羊のお面ですか。

こうなると、干支のお面を一通りやって欲しい気がしますね。

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元旦の日は午前0時が捺印所が開きます。

モデルはのぶさん。

写真を見て気がついたけど、羊のお面を被ったまま移動していたんだ。

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転法輪寺では年頭初護摩祈祷の真っ最中です。

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参道を行くのぶさん御一行。

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葛城神社前で記念撮影。

記念撮影に混ぜていただきありがとうございました。

しかし、ヘッドライトを消すのを忘れてたよ・・・

night_climb  26270101 (75)

私はこの後、千早園地の方に撮影に向かうので、皆様とはお別れ。

そして、後編に続く。

金剛山・葛城山W登山

朝から濃霧に包れた自宅周辺も、登山へ出発する午前10時頃にはなくなっていた。

自宅周辺は霧が晴れたが、山麓にはまだ霧か靄が残っているように見えたので、プチ雲海が見れたらいいなぐらいの気持ちで水越峠に車を走らせる。

水越峠まで来ると、やはり葛城山には雲がかかっているが、金剛山には雲がかかっていなかった。

金剛山と葛城山のどちらを先に登ろうか迷っていたが、晴れている金剛山で初めて登る”太尾東尾根ルート”に決定。

舗装された道路から登山道に入ってしばらくは植林帯の薄暗い感じが続くが、一旦尾根に出ると、太陽の光が差し込み明るい雰囲気の登山道に感じた。

満月の夜などは、光の闇のコントラストが美しいだろと思える登山道。

この雰囲気は文殊尾根に似ている。

途中、奈良県側の展望が少し開けたところがあり、午前10時45分頃でも奈良県側は霧が晴れずに雲海のように見えていた。

これならダイトレから登って、パノラマ台から雲海の様子を撮影した方が良かったかなと、少し後悔。

六道の辻。

この辺りから路面が凍結しているので、アイゼンを装着する。

大日岳の手前。

登山道に差し込んだ太陽の光が、雪に反射してとてもきれいだ。

奈良県側はまだ雲が低い。

金剛山山頂の売店横から少し登った所。

老夫婦についてきたこの犬。たしか年越し登山の時にも見たような気がする。

今年は少ない雪をかき集めて、これだけのカマクラを作っているんですね。

国見城址広場には、午前11時30分頃に到着。

今日は大勢の登山者で賑わっている。賑やかな広場は良いものだ。

あちこちのベンチから美味しそうな匂いが漂ってくる。

もっと早い時間に登っていれば、目の前に広がる雲海が見れただろうな。

売店前は大賑わい。

夜間登山をしていると、こういう賑わいが「いいな~」と感じます。

葛木神社。

葛木神社横のブナ林から葛城山を見ると、次々と雲が流れている。

今日は太尾西尾根ルートをピストンするつもりだったが、パノラマ台からの展望が気になったので、ダイトレに向かうことにした。

仁王杉。

家族連れが次々と登っている。

葛城山は曇っているが、こちら金剛山側はは太陽の光が差し込み明るい。

後ろが賑やかなのでカメラだけで後ろに向けて撮影。

子供達がソリをしてたんですか。楽しい思い出になったらいいね。

ダイトレの階段を下る。

パノラマ台が真っ白で、全然パノラマじゃない件。

奈良県側に広がる雲海が見れるかもと期待してたけれど、雲の中に入ってしまったなら仕方ないか・・・

今日は体力が残ってたら葛城山にも登る予定をしていたので、水越峠を越えて葛城山に登ってきた。

東のテイクオフ。

ここの眺めは最高です。

金剛山から見たときはすっぽりと雲に覆われていたのに、今は雲が晴れて展望がバッチリになっている。

つつじ園を登って振り向くと、雲海から頂きが顔を出していた。

現地で見ると、「ここはどこの高山ですか?」といった感じ。

少し視線を右にやると、さっきまで晴れていた金剛山が雲に覆われている。

私は上手く雲を避けて登山してたようです。

葛城山山頂は日当たりが良いので、雪が残っているのは西の斜面で影になるこの付近だけでした。

この後白樺食堂で遅めの昼食を頂き、再びダイトレから下山する。

登りに見たときは雲に覆われていた金剛山も、下山する頃には雲が切れて晴れ間が見られるようになっていた。

午前中は雲がかかっていた葛城山だが、私が通る時には雲が晴れて、日の差し込む明るい登山道だった。

周囲が闇でヘッドライトの明かりが頼りの登山をしていると、太陽の光が差し込む登山道は、良いな~、と心の底から思います。

今までは山頂まで一気に登ってからゆっくりしていましたが、一日中、山を歩くのも良いものだと感じた日でした。

新年を迎えた金剛山

今回で3回目となる金剛山への年越し登山に行ってきました。

新年を迎えたばかりの金剛山の様子です。

降り続く雪で、山頂は近年稀に見る豪雪となりましたが、山頂にある全ての照明が点灯し、天上界の様相となっている金剛山山頂の様子を御覧下さい。

また、「金剛山の夜景」ホームページから、「平成22年大晦日~平成23年元旦 年越し登山」も御覧下さい。