展望塔と国見灯

金剛山南東に位置する湧出岳には電波塔が立ち並び、その側にはこじんまりとした鉄塔が建っている。華奢な鋼材で組み合わされた鉄塔の先端には電灯が取り付けられていて、その光は、夜の登山道(文殊尾根、水越峠からダイトレルート)を登っていると、暗闇の空に北極星のように輝き、山頂への進路を指し示してくれるありがたい光でもある。

この設備は、金剛山展望塔保存会が管理しているのだが、練成会のような組織だと思っていたら、金剛山の周囲にある市町村が組織したものらしい。

金剛山展望塔保存会の会合の様子が、千早赤阪村の 村長の日記に掲載されている。

8月24日(火)

金剛山展望塔保存会(くすのきホール)

昭和3年、御大典記念として、奈良県南葛城郡、奈良県宇智郡、大阪府南河内郡、3郡の教育会が中心となり、金剛山表忠塔建設会が結成され、金剛山頂に大楠公をしのぶ表忠塔を建設し、500燭光のライトを点灯し、五条市で世話をしていただいた。
80年経った今でも、会が続いており、遠くから金剛山を見るとき頂上に光るライトは、この会が灯しているライトです。

金剛山展望塔保存会メンバー
奈良県:五条市・御所市 大阪府:富田林市・河内長野市・羽曳野市・河南町・太子町・千早赤阪村。

会長の五条市長の話

古くから続いている点灯施設だが、この資料の写真を見ると古くなっている。 いまはLEDのいいのが出ている、しかも電力の消費も少ない、この際、時期を見て、LEDを使ったどこから見ても金剛山頂と分かる点灯施設を、作ってはどうか。

市町村が組織しているものなので、予算書の支出欄には、金剛山展望塔保存会負担金 1万5千円とある。

大阪狭山市

富田林市

この負担金の額は、市町村の規模に比例しているのか、または金剛山により近い市町村が多く負担するのか興味のあるところだが、数字が判明した大阪狭山市と富田林市の負担金額はいずれも1万5千円であったので、その他の市町村も一律の金額であると思われる。

この金剛山展望塔保存協会は、上記、千早赤阪村村長の日記によれば、奈良県南葛城郡、奈良県宇智郡、大阪府南河内郡で構成されているとあるが、ここに平成の市町村合併の影響があったことが判明した。

南河内郡に属していた美原町が堺市と合併したのだが、堺市は金剛山展望塔保存協会には属していないため、美原町が堺市へ合併するにあたり、金剛山展望塔保存協会を脱退することとなった。

平成の市町村合併は奈良県でもあり、葛城市が誕生しているが、金剛山展望塔保存協会の構成に大きな変化があったことが予想される。美原町の脱退により、協会は、年1万5千円の減収となったのだが、葛城市の誕生で負担金の額がどうなったのか興味のあるところである。

なを、金剛山記によると、国見城址にある国見灯も金剛山展望塔保存会所有とある。

展望塔にある光と国見城址にある光で、金剛山の周囲の相当広い範囲を照らしていることは、楠公表忠塔設置の意味を考えると納得である。

以下、金剛山記から。

金剛山展望塔保存会(昭和36年)昭和3年御第典記念事業として、地元奈良県南葛城郡と宇智群及び大阪府南河内郡の3郡教育会が一丸となって楠公表忠塔を建設され、その塔の先端に初めて電灯を輝かせて大楠公を偲ぶことところが、大東亜戦争以来消火されていたのを遺憾とし、昭和36年関係市町村長を歴訪したところ、全員賛成を得たので本会を結成し、会長に大阪府南河内府民センター所長を、副会長には奈良県御所市長と五条市長を仰ぎ、関係市町村長並びに議長と葛城神社宮司を理事(一部常任)として発足し、尖端に400燭光【注釈 1燭光(しょっこう)はローソク1本分の光度をいう。】の蛍光灯を輝かしめ、会の名称も金剛山展望塔保存会と改称すると共に、国見城址に国見灯をも増設した。爾来、同会の所有として維持され今日にいたっている。

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